しっぺ返しの戦略における「怒れること」の大切さ
「つきあい方の科学」R.アクセルロッド
THE EVOLUTION OF COOPERATION
by Robert Axelrod
ある犯罪における二人の共犯者が、捕らえられて別々に検察の取り調べを受ける。二人のうちどちらかが仲間を裏切って自白すれば、自分の罪は軽くなると期待できる。(仲間の罪は重くなる)しかし、双方とも自白すれば、その自白は罪の軽減の理由ではなくなる。検察は取引する理由がなくなる。一方、双方とも自白をしなければ、証拠がないためにより小さな罪しか問われないことになる。自分の罪を軽くするために囚人がどれを選択するか、これがゲーム理論でいうところの囚人のジレンマである。
筆者は得点表をコンピュータ化して世界的なゲーム大会を開催し、協調と裏切りの組み合わせでどのパターンが一番利益が大きいか(得点が高いか)を検証した。
ゲーム理論は、フォン・ノイマンらが、米国のランド研究所において研究していたとされてる。もともと、米ソの冷戦時代に核のボタンの押し方に関する戦略理論がスタートであるが、我々の身近な世界でも普遍的に活用することができる。
もともと、協調するか、裏切るかの選択は協調するメリットと裏切るメリットの比較考量といえる。善いか悪いかではない。アクセルロッドが行った2回の世界的なゲーム大会の結果もっとも成功したのは、しっぺ返しの戦略である。これはオウム返しとも言われ、先立つ相手の行動(協調もしくは裏切り)をそのまま繰り返すことである。(詳細は本書を読んでもらいたい)
互恵主義とはしっぺ返しのことを指すものだとは知らなかった。「恵」という字に錯誤を来していた。お互いによいことをしましょうなどという意味かと思っていた。なんとも能天気であることよ。互恵とは協調には協調を、裏切りには裏切りをという意味だったのだ。日中国交回復の際にしきりに中国の指導者たちが。互恵主義という言葉を使っていたが、わたしは完全に誤解していた。日本の政治家はどうだったのであろう。
第一次世界大戦の西部戦線の塹壕戦におけるエピソードがわかりやすい。戦線が固定して塹壕で相対峙している期間が長くなると、お互いを殺さなくなるというのだ。相手が撃たないのであればこちらも撃たない。相手が一発撃てばこちらも一発だけ撃ち返す。戦争状態の中で、奇妙な感じがするが、塹壕にいる兵士の目的は相手を殺すことではなく、自分が生きて帰ることである。相手がしっぺ返しをしている間はこちらもしっぺ返しを続ける方がメリットがある。一方、時々相手にあたらないように正確な射撃を行って、裏切った場合のしっぺ返しを見せつけておいたそうだ。しかし、そのような状態は戦線が流動化すると一変する。相手の戦略が読めなくなるからだ。
そのしっぺ返しの戦略をとるに当たって4つのアドバイスが以下のとおり。
第一に、競争相手でない目先の相手をうらやまないこと。つきあいは必ずしもゼロサムではない、それをゼロサムであると誤解すると羨望につながる。ゼロサムでなければ、相手に勝つ必要はないというのである。しっぺ返しは相手のまねをするため、常に一手遅れることになる。すなわち、常に相手を少し勝たせておくのが自分にとってはよいのである。
第二に自分の方から先に裏切らないことである。裏切りに対して協調を返し続ける相手は少なく、裏切りあいの泥仕合になる可能性が大きい。ただし、この前提は付き合いの将来が長い場合に限られる。すなわち、相手を殺そうと考えた際は、先に裏切っても問題はないのである。殺しそこなうと後が大変になるが………核戦争も先制攻撃で相手が反撃が不能になるような状態にもっていけるのであれば、先制攻撃にメリットがある。しかし、歴史の証するところでは核軍拡競争が双方にその確信、すなわち、相手が反撃する前に相手を壊滅させる自信がなかったといえる。
第三に協調にしろ、裏切りにしろ、そっくりそのまま相手にお返しをすること。将来が現在に比較して大事であるならば、しっぺ返しは集団の構成員にとって互恵である。
第四に策に溺れないこと。相手があるゲームでは相手は当然のことながら、自分の動きを想定して行動する。自分の動きがわかりにくいと誤解を与える可能性がある。その意味でしっぺ返しは相手にもわかりやすい戦略である。
非常に示唆に富んだ研究だ。一般的な付き合いのルールと大きな違いはないように見えるが、この付き合い方は共有されるとまさに互恵主義となる。ルールを共有化することにもメリットがある。
もっとも、相手をよく知ることが前提である。ルールが共有化できる相手か否か。将来よりも現在に価値を置く相手、真剣にゲームに勝とうとしない人間にはしっぺ返しは効かない恐れがある。常に相手が自分との付き合いの将来をどこまで考えているかを推察しなければならない。それを確認するためにもしっぺ返しは有効であるとされる。
そして何より重要なのは、相手が裏切った際の報復措置を留保し、かつその実行に躊躇しないことを相手に充分に理解させておくことである。そうでないと、カモと間違えられて大やけどをするリスクを抱えることになる。
付き合い方における選択の第一は、しっぺ返しであり、裏切りに対しては迅速に報復することである。蜂の一刺はまさにそれだ。何もしなければ(協調)蜂も刺さないが、裏切ると、一刺しである。ミツバチはそれで命を失うが、抑止力は働いているのである。
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