ウィルスとの共存の条件
1918年2月にスペイン北岸のサンセバスチャンで発生した風邪は大流行し、世界で4千万人とも言われる死者を出した。発生源は今でも確かではないが、「スペイン風邪」と呼ばれることとなった。
100年近く時が経過して今、新型インフルエンザと言われる風邪への対策が急がれている。(厚生労働省HP)
Catching Cold「四千万人を殺した戦慄のインフルエンザの正体を追う」は香港の鳥インフルエンザからスタートし、第一次世界大戦における米軍のインフルエンザの惨状を克明に記録している。1918年の西部戦線は砲弾による死傷者よりインフルエンザによる損害の方が大きいくらいだったという。ニューヨークから出航した兵員輸送船におけるその感染と被害の拡大は身の毛もよだつものである。
香港で鳥インフルエンザの騒動があったのは1997年3月だった。鳥インフルエンザという言い方をしているが、そもそもインフルエンザウィルスの本来の宿主(ホスト)は野生の水鳥である。ふだん彼らは水鳥の腸管に住み、進化的に安定した状態にあるようだ。致死性のインフルエンザは自然界には存在しないそうだ。宿主を殺すことはインフルエンザウィルス自身にとってみても有利なことではない。遺伝子の複製を継続することができないからだ。しかし、かれらはその不適合を繰り返さざるを得ない。
なぜならば、彼らは自然選択を激しく繰り返すためだ。その理由は大きく2つ。第一は、彼らは独立した生命体ではなく、生存の条件として宿主(他の細胞)が必要であること。第二は、遺伝子の複製のしかたにある。遺伝子の複製はDNAとRNAによって行われるが、インフルエンザウィルスの場合はRNAによって遺伝子が複製される。DNAは遺伝情報を伝達する際にスペルチェックすることができるがRNAはそれができない。そのために膨大な遺伝的な可逆性を持っている。則ち、変異を起こす機会が多くそのために新しいウィルス株が絶えず生まれているというのだ。
彼らは自然選択を猛烈なスピードで繰り返して新種を生み出し続け、遺伝子を複製し続ける。
現在インフルエンザはHとNで型を表示されている。Hはヘムアグルチニン。宿主に取り込まれるためのキーとなる。現在15種類。Nはノイラミニダーゼ。現在の宿主から新たな宿主に出るためのキーである。現在9種類発見されている。
インフルエンザへの対処は基本的に二つ。第一は予防であり、不活性化したウィルスによるワクチンによる抗体づくりがその役割を果たす。第二は繁殖の防止。Nの機能を抑制することを狙う。タミフル、リレンザといった薬がそれである。
ここで、ウィルスの耐性といった問題が発生する。ウィルスは猛烈な勢いで自然選択をしてワクチンや薬の効果を中和する進化を遂げてしまうのだ。ここで、人間とウィルスとの競争が始まる。
しかし、人間がウィルスとの競争をするのはどうやら賢い選択ではないようだ。
そもそもウィルスや細菌は動物、人間の祖先である。さらに、その遺伝子の複製のあり方からして、DNAで自然選択を行う人間がRNAで自然選択を行うウィルスに進化という側面で勝てる可能性は少ないかもしれない。
そこで、改めて存在感を示しているのが免疫である。スペイン風邪、中世に猛威をふるったペストなど様々な疫病が人類を襲ったが、100%の人間が罹患している訳ではないのだ。空気感染するインフルエンザにおいても罹患しない人はいるのだ。それはなぜなのか。これは次回のテーマである。免疫力を維持する、高めるという選択。それは、ウィルスと戦うのではなく、共存するという選択になるのかもしれない。
コメント