The Innovator's Solution
Clayton M Christensen
クリステンセンは「顧客が片付けようとする特定の用事と状況を手助けする」ことに注視せよと主張している。それを簡単に、安くできれば他社からシェアを奪うことができると。
また、逆に顧客にそれまで関心のなかった用事を優先することを求めるアイデアは成功の見込みがないという。
ブラックベリーはカナダの携帯端末機であるが、その携帯端末が片付ける顧客の用事は隙間時間の埋め込みである。通勤や行列などの待ち時間をメールの確認などでつぶすことが顧客の片付けようとしている用事である。日本では各種の携帯、iphone、任天堂のDSなども時間をつぶすという片付けたい用事にうってつけだ。学生のようにかなり時間に余裕のある人にとっても、手持ち無沙汰であるのは好ましい状況ではないのだろう。
成功の見込みがないとされる関心のなかった用事の例は、デジタル写真のアルバムだ。デジタルなら、加工・修正、並び替えも便利になったからきれいなアルバムを作ろうという提案だが、銀塩写真のときからアルバムに整理する習慣のない顧客に対して効果はなかったようだ。ぜいぜいメル友に写メールで送り付けて終わりだ。
そこで、保険において「顧客が片付けたい用事・状況」を考えてみたが、どうやら保険から発想するのは無理があるようだ。顧客は事故にでも遭っていない限り、保険を片付けようなどとは決して思わないし、思いつきさえもすることは少ないだろう。ここに業界における「ニード喚起」という特殊なことばの意味がある。保険はニードを喚起しなければならない(顧客が欲しいと思っていない)商品であるという意味だ。
別の観点から見てみよう。自動車を購入した顧客は、何もしなくても納車してもらえる訳ではない。車庫証明を警察署で取り付けたり、納税や登録などの様々な片付けなければならない用事がある。そこで、販売会社は顧客の片付けなければならない用事を代行し、手数料をとることで商売にしている。その際、自動車保険も顧客が自動車の購入とともに片付けなければならない用事の一つなのだ。そこで自動車保険の手続きも片付けなければならない用事の一つとしてセールスに委任する。自動車販売会社は保険会社の代理店としてその事務を執り行う。そしてその報酬は顧客からではなく、保険会社から手数料として受け取るのである。住宅の購入も同様。住宅の購入にも売買契約の締結、ローンの融資手続き、引っ越し、登記などの様々な顧客が片付けなければならない用事があるが、火災保険の契約もその片付けなければならない用事のひとつなのだ。そこで、住宅の販売会社、融資する金融機関などが、その用事を片付けるサービスをしている。
業界は損害保険の場合には「ニードが顕在化」しているという言い方をしているが、顧客は自動車保険、火災保険が重要だから云々ではなく、ニード(必要性)というよりも大量の契約事務の中における片付けなければならない用事(事務)の一つと考えて契約しているというのが自然な見方であるような気がする。保険は主たる片付けなければならない用事に付随した片付けなければならない用事なのである。
このように考えていくと、顧客は保険を片付けなければならない用事と考えることが少ないのだから、保険のセールスマンが保険だけを取り出して商談をすることが難しいことが明らかになる。業界用語における「ニード喚起」はクリステンセンの言うところの、顧客にそれまで関心のなかった用事(保険)を優先することを求める行為であって成功の見込みは少ないことになる。
そうなると、保険の販売「タイミング」の求め方は全く違ってくる。保険を保険だけ取り出して販売するのではなく、顧客にとって片付けなければならない主たる用事とともに一緒に片付けた方がよいということだ。一緒に片付けるということが、「タイミング」ということになってくるのである。同じ保険でも生命保険は大量のセールスレディが人海戦術でセールスをしていた。非常にコストのかかる営業手法であった。それはクリステンセンのいうところの、「顧客の関心のなかった用事を優先することを求める」ことであったからだろう。
保険の必要性は普遍だが、購入の仕方はお客様の片付けたい用事とともに変わってくる。現在は何もかも複雑で変化が激しい。一個人が大量の情報を次々に裁いていかなければならない。あとで考えようとするのは考えるのを諦めることに近い。後でと言っても思い出せないか、思い出せても考える時間がないことも多い。
複雑な保険を素人の顧客が詳細に周知していなくとも自然と守られている状態。実はそんな状態が好ましいのではないだろうか。目的は守られている状態であって、専門家と同レベルに理解することではない。本来は社会保険でそこまで守られていればよいのであるが。
一個人がすべてを理解して判断するのは困難だ。保険も顧客の片付けたい用事とともに事務として一緒に片付けてしまう。顧客は面倒な保険のことを考えなくても自然と守られている。そんな状態が顧客にとって片付けたい保険の用事なのではないだろうか。ほとんどの保障(保険)に関して顧客の片付けたい主たる用事を見つけることができる。
コモデティ化した保険は顧客が片付けたい用事とともにモジュール化して販売する(購入)することが選択できる時代がやってきたのではないか。
保険の購入の仕方は変わってくる。
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