あらゆる業界で商品に対してコモデティ化の波が押し寄せている。サービスを売らなければ企業は生きていけない。
サービスは目的であり、商品は手段である。
サービスとは顧客がしてもらいたいが、自分ではしようとは思わない特定の仕事のことだ。商品はその手段に過ぎない。顧客が自分自身でする仕事は商売の対象にはならない。従ってビジネスは、顧客がしてもらいたいが、自分ではしようとは思わない特定の仕事を対象にすることになる。よって、商品の販売を仕事であると勘違いしているととんでもないことになる。
ルー・ガースナーによってIBMはメインフレームの販売からサービスの提供に転換したと言われている。IBMの歴史を紐といていて意外な事実を知った。IBMのスタイルの原型は創業者であるトーマス・ワトソン・シニアが若いときに修行したNCRにあったということだ。NCRはナショナル・キャッシュ・レジスターの略で、その名の通りキャッシュ・レジスターの製造販売のトップメーカーだった。トーマス・ワトソン・シニアは当時の社長であったジョン・ヘンリー・パターソンのもとで働いており、その経営手法を学んでIBMに持ち込んだのだ。
NCRのセールスマンは支払いが終わった後も購入先を訪問してその要望を聞いて回り、ファイルにそれを記録していたという。パターソンはよい顧客関係と最上の企業イメージの必要性を感じていた。自分が売るのは製品ではなく、サービスであり、顧客の利益の増大に結びつかなければ顧客と市場を失うことを理解していたという。パターソンは機械よりもそれを売る人間の育成から手をつけた。まず、「自分を売り込まなくてはならない。」と言っていたようだ。
ダークスーツ、白いシャツもIBMの特許のようだが、実はパターソンの指示だったようだ。IBMの有名な「Think」もNCRの社是であった。IBMにはセールスマンの100%クラブがあったが、それもNCRの100点クラブから来ている。
パターソンがNCRの社長になったのは1885年のことである。
その経緯は「IBM 情報巨人の素顔」に詳しい。
トーマス・ワトソン・シニアが率いるIBMも製品の性能において業界でトップという訳ではなかった。むしろ、システム360が出るまでは常にユニバック、バローズなどの製品の後塵を拝していたということである。しかし、NCRの歴史を受け継ぎ、セールスマンの力がずば抜けていたために常に業界のトップに君臨していた。
サービスの重要性はこのIBMの歴史からも明らかだ。メインフレームがコモデティとなった時にルー・ガースナーがIBMをサービスカンパニーに転換したと言われているが、ガースナー本人が書いている通り、分析してみるともともとIBMの売り上げの大半はサービスから成り立っていたという。ソフトウェアの売り上げもマイクロソフトよりも多かったという。サービスの売り上げをメインフレームの販売のおまけのように考えていた経営と社員の視点をガースナーが変えたのだ。
IBMは過去からサービスカンパニーであったこと。それはセールスマンの力によるものであったこと。そのルーツはNCRにあったこと。企業のミームは恐ろしい。
保険に関しても当然同じことがいえる。保険の機能は一定の事由が発生した場合に顧客に負担が困難であると思われる財務的な効果である。サービスの方程式に当てはめると、保険という商品の購入は手段であり、一定の事由の発生は直接顧客がしてもらいたい損害の補填もしくは保険金の支払いとなり、一般的には自分ではしようと思ってもできない特定の仕事になるのである。この通り、保険はサービスの定義に当てはまってあるのだが、保険と他のサービスの違いは、購入とサービスの提供のタイミングに時間的なずれがあるか、あるいは一定の事由が発生しない場合にはサービスの提供が全くなされない場合もあるという点にある。そのために顧客には保険のサービスの効用がわかりにくい。業界ではニードが潜在化しているという言い方をしているが、簡単に言うと、サービスの提供の有無がわからないだけなのである。「一人は万人のために、万人は一人のために」という助け合いの制度だからなのだが、一般的な顧客には通じにくい理屈だ。
だから、顧客がその理屈(保険の性格)を理解したとしてもサービスの提供がなされない間は顧客において保険は単なる商品にとどまるのである。よって、保険もコモデティとしての価格低下の要求から逃げることができない。
従って保険業界が取るべき道は、コモデティ化の中で付加保険料を極限まで削るレッドオーシャンを泳ぐか、保険金の支払いというサービスの提供がなされる以前に(もっとも支払いがされない場合も少なくないのであるから)顧客がしてもらいたいが、自分ではしようとは思わない特定の仕事をするかのどちらかの選択である。中国、インドなど海外に進出するのも一法だが、そこの国民は弓矢を持った昔のインディアンではない。アジアはすでに新たなレッドオーシャンであろうことは間違いない。
保険は単品の商品販売としての売り上げは減少するが、保険を顧客の問題を解決する手段の一つとするサービスに転換することで新たな商機を掴むことができる。それはIBMがメインフレームの販売から軸足をeビジネスに移したのと同じ意味だ。保険におけるeビジネスは何になるのだろうか。顧客は間違いがなく保険を目的ではなく手段であると考えている。しかし、IBMはガースナーが来る前からすでに実態としてサービスカンパニーであったということだったが、保険業界においても販売現場における売れっ子はすでにサービスで売っているのだ。セールスマン単位で行われていることを企業として組織的に展開できるか否か、そのような視点があるか否かが業績の分岐点になる。業界内でサービスに軸足を移す企業とサービスの意味を理解しない企業との格差は大きく広がっていくだろう。
また、そのサービスは一つのメーカーではカバーしきれないために、他社の商品・サービスを組み込むことが不可欠な要素となるだろう。IBMも他社の製品をサービスの中に組み込んでいるのだ。それはなぜかというと、他社の製品を組み込まないと顧客の求めるサービスが提供できないからなのだ。商品からサービスへの転換は自社商品だけの販売からの脱皮という厳しいパラダイムの変換を必要とする。だから、簡単にはできない。
また、改めて営業部門の強化と再編成も必要だ。サービスを提供するのは人だからだ。魅力的な選択肢というよりは、残された最後の選択肢という見方もできるのではないか。
コメント