リビングニーズの素晴らしいストーリーに巡り会いました。
現在では、余命6ヶ月と宣告された被保険者に対して一定の死亡保険金を生前に前払いするリビングニーズ・ベネフィットはどの生命保険会社においても無料で付帯できる特約になっています。
リビングニーズ・ベネフィットはその名の通り、本来死亡した後に受取人に支払うべき保険金を、まだ生きている間にお金が必要な被保険者に前払いする特約です。保険会社によって一定の金額の縛りはありますが、保険金から半年分の金利と保険料相当額を指し引いて支払うというきわめて被保険者に有利な内容なのです。というのは、6ヶ月以内に死亡しなかった場合のリスクは保険会社が負うことになるからです。満期のある保険の場合にリビングニーズ・ベネフィットを支払った後に、被保険者が余命6ヶ月以内という医師の診断書に反して、満期を過ぎも生存していたケースなどを考えるとそのリスクは容易に想像することができるでしょう。
ところで、「評判はマネジメントせよ」に掲載されていたリビングニーズ・ベネフィット開発と発売にまつわる以下のストーリーは私の知らない興味深い内容でした。
1980年代はエイズの嵐が全世界に吹き荒れていました。当時は有効な治療薬が開発されていなかったため、エイズ患者の死亡は時間の問題とされていたのです。
そして当時、生命保険金買い取りサービスが始まっていました。生命保険買い取りサービスはガンやエイズなどの末期患者から生命保険金の請求権を一定の割引率で買い取る商売です。保険の契約者は保険金の受取人を買い取り会社に変更することによって、その保険金額の一部を生前に受け取ることができたのです。末期患者には治療費その他でお金が必要なのでしょう。余命24ヶ月以内という条件の下、割引率が20%~40%と高率にも関わらず、背に腹は代えられずに買い取りの請求が増えて行ったようです。
そんな時期の1988年にプルデンシャル生命カナダ支社CEOのロン・バーバロはトロントのエイズ患者のホスピスを訪れたのです。そして、ホスピスにおけるエイズの末期患者の様子を目の当たりにして、自社の生命保険の契約者に対する生命保険金の買い取りサービスを着想したというのです。
それはビジネスというより純粋に人道的な見地からの着想だったといいます。しかし、この着想は大きなリスクを伴うものだったようです。
困窮している顧客に救いの手を差し伸べることによって、将来の顧客にとってプルデンシャルは頼れる会社になるという強力なメッセージを発することができる一方、その割引率などの条件によっては生命保険の買い取り会社が世論から受けていた悪徳商法とされて逆効果になる可能性があり、会社の経営にも大きな影響を及ぼす可能性を有していたからです。ですから、何もしないというのも有力な選択肢の一つだったのです。
様々な検討の結果、他社の生命保険の買い取りはせず、余命6ヶ月の診断書の提出、手数料150ドル、金利6ヶ月分を控除して保険金の約95%を支払うという内容でリビングニーズ・ベネフィットを発売したのです。(保険料は無料)
その結果は、その取り組みが大きく報道で取り上げられ、優しさをもつ業界のパイオニアとして描き出されたのです。1990年の上半期の売上は25%増を記録しました。実質95%というレートの提示が奏功したと言えるでしょう。20%レスだったら収益の拡大策と受け取られて逆効果だったかもしれません。
小さなハロー効果でもはるかに大規模な保険事業に対する長期的メリットが収益拡大における短期的なメリットより大きいことを示したと言えます。
短期的に収益拡大を目指すか、長期的に評判を高める戦略を採るか。言うは易し、行うは難しですが、顧客との信頼に基づく関係作りは困った時に相手に頼れるということが大前提です。
プルデンシャルは素晴らしい選択をしたと言えるでしょう。
素晴らしいストーリーを創作できる素晴らしい会社なのです。
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