以前風邪をひくと診療所に行ってお医者さんに抗生物質の処方を依頼したものだ。自分の経験からも抗生物質を服用するとすぐに回復した覚えがあってそうしたのだと思う。簡単に処方してくれるお医者さんもいたが、必要ないとして処方してくれなかったお医者さんもいた。どちらが患者にとってよい医者だったのか。
もっとも抗生物質は風邪(インフルエンザも風邪である)の原因であるウィルスには効かない。
Super Bugは感染症の治療法としての抗生物質の選択に関して有益な情報が満載である。細菌は悪であるとするのは誤解であること。抗生物質は人に使う殺虫剤であること。抗生物質は免疫力を破壊することなどがわかりやすく書かれている。
1928年にフレミングがアオカビから発見したといわれるペニシリンは産褥熱、細菌性肺炎、髄膜炎、細菌性の性行為感染症の患者の多くを救った。ペニシリンは細菌の細胞壁の合成を妨げることによって細菌を抹殺してしまうのだ。
さらに、1944年ワクスマンによってストレプトマイシンが土壌中の微生物から分離された。ストレプトマイシンは結核菌を殺すことのできる抗生物質であった。当時不治の病であった結核が嘘のように治癒したのである。
このような自然界にある抗生物質は、微生物が生き残るために競争相手である微生物の成長を阻害するか殺すことのできる化合物をそれら自身の中に作り出す能力なのである。それを人間は人間の体内に持ち込んでしまった。
細菌を原因とする感染症はそれまでに手の打ちようがなかったために、抗生物質はまさに魔法の弾丸だったのである。
ところが、抗生物質には副作用も少なくなかった。
さらに、耐性菌の出現が抗生物質と細菌の進化との終わりなき競争を呼び起こした。
病院内感染が問題となっているが、MRSAといわれるメシチリン耐性黄色ブドウ球菌は、数々の抗生物質に対する耐性を身につけた結果、毒性が強く高価な抗生物質であるバンコマイシンしか効かないといわれている。そのバイコマイシンでさえ、その耐性を身につける黄色ブドウ球菌の出現は時間の問題だといわれている。
耐性菌が出現する理由は自然選択の理論のとおりだ。小さく単純な種であるほど環境の変化に応じてより素早く進化できる。数ミリリットルの水 のなかに数百億の細胞の一群が発達することができる。そんな群においては突然変異は例外ではなく、むしろ原則であるといえる。抗生物質は細菌に選択的圧力をかけていることになる。
しかし、抗生物質における決定的な問題点は、免疫力を大きく損なうことにあった。
抗生物質は悪玉菌だけでなく、善玉菌も殺してしまう。菌交代症といって、抗生物質の使用により殺された菌の空間に生き残った別の菌が増殖してしまう。
以前は細菌は全部悪であると考えられていたが、体内に存在する細菌の役割が次第に明らかになってきた。細菌叢は人間の味方であり、無害の細菌が存在するだけで感染から私たちを守ってくれている。今では、細菌は身体の重要臓器に匹敵するといわれている。
大腸にいる細菌は500種もあり、その重量は 1.5kgにも達するという。
ミミズが土を耕すのと同じで人間の体内に存在するほとんどの細菌は有益な存在である。細菌は消化器系に不可欠な存在であるとすることは体内の細菌に対する考えの一大革命であった。
細菌叢は4つからなる免疫システムの一部を構成している。
1.細菌
2.粘膜
3.管腔の内壁: 死んだ細胞を毒素とともに消滅させる
4.免疫グロブリン・貪食細胞:腸内細菌叢はこの産生を刺激する
このように免疫システムの重要な一翼をになっている細菌叢を殺してしまう抗生物質は免疫抑制剤ともいえるのである。
結論をいうと、抗生物質はやむを得ない場合にしか使ってはならないのである。医師に抗生物質を処方された場合にはその理由を注意深くただす必要がある。
さらに、気をつけなければならないのが、食物、特に食用となる動物や魚類に対する抗生物質の投与とその影響である。直接口に入れるリスクだけでなく、その動物などの糞尿に残留する細菌からの感染が考えられる。世界で生産されている抗生物質の約半分は動物に投与されているようだ。土壌に川に海にその耐性菌が潜んでいる。
感染症に対して抗生物質を選択するのは賢明ではない。短期的には勝てるが、長期的には必ず負けることとなる。賢明な選択は、細菌と共生し、免疫力を高めることである。それは清潔な生活環境と栄養、運動などよい生活習慣が基礎となるものである。
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